飲み物が、街の空気をつくっていた。——香港とCAMEL
香港という街を、一言で表すのは難しい。
せわしなく、活気があり、東洋と西洋が交差し、古いものと新しいものが隣り合っている。その街で、CAMELは生まれ、80年以上をかけて育ってきた。
ブランドの歴史を語るなら、そこには必ず香港という街の空気が必要だ。
「3点3」という習慣
午後3時15分に、手を止める
香港には「3点3(サームディムサーム)」という言葉がある。
午後3時15分を指す俗語で、仕事の手をいったん止めてティータイムをとる習慣のことだ。15分ほど、職場の仲間と思い思いの飲み物を片手に話す。日本の「飲み会文化」があまり根付いていない香港では、こういう日中のお茶の時間が、コミュニケーションの場として大切にされてきた。
お酒よりもお茶を通じて人とつながる。その文化が、香港の街の底に流れている。
CAMELのボトルが生まれた1940年代、人々の暮らしに電気ポットはなかった。温かい飲み物を長時間保つ魔法瓶は、「3点3」のような習慣を支えるために欠かせないものだった。CAMELはその必要から生まれ、香港の人々の日常に溶け込んでいった。
茶餐廳という場所
中国とイギリスが、一杯の奶茶に混ざり合った
香港の飲み物文化を語るとき、茶餐廳(チャーチャンテン)を外すことはできない。
広東料理の伝統と、イギリス統治時代に持ち込まれた西洋の食文化が交差した場所だ。コーヒー、紅茶、レモンティー、そして香港独自の「絲襪奶茶(スイサーナイチャー)」——布袋で丁寧に濾したミルクティーは、香港が誇る飲み物文化の象徴だ。
茶餐廳の定番メニューには「鴛鴦茶(ユンヨンチャー)」もある。コーヒーと紅茶を合わせ、ミルクを加えた、香港ならではの一杯だ。コーヒー好きも紅茶好きも、ひとつのカップで出会う。異なるものを混ぜ合わせて新しいものをつくる——それは香港という街そのものの姿でもある。
そういう飲み物文化が根づいた街で、CAMELは育ってきた。香りと温度を大切にする感性が、このブランドのものづくりの土台にある。
香港映画の中の、CAMEL
ヴィンテージのフラスクが、スクリーンに映り込んでいた
香港が映画の黄金期を迎えた1970〜80年代、茶餐廳はスクリーンに頻繁に登場した。ウォン・カーウァイの映画も、その時代を生きる人々の日常を映し続けた。
そしてその画面に、花柄のCAMELのフラスクが映り込んでいることがある。当時のプロダクトプレイスメントではなく、ただそこにあるものとして。香港の家庭や食堂に当たり前に存在したから、自然に映り込んでいた。
ヴィンテージのCAMELのフラスクは今、香港のコレクターに愛されている。花柄のデザインは時代ごとに異なり、「あの年代の色だ」と一目でわかる。それだけ香港の記憶と深く結びついている。
「Made in Hong Kong」を守ること
多くのメーカーが香港を去った時代に
1980年代、香港の製造業は転換点を迎えた。コストの上昇とともに、多くのメーカーが生産を中国本土へ移した。香港の工場は次々と閉鎖され、「Made in Hong Kong」の製品は急速に減っていった。
CAMELはその流れに乗らなかった。
1986年に九龍湾に新工場を完成させ、香港での製造を続けた。その決断は、単なるビジネス判断ではなかった。香港に根を張り続けること、そこで働く人々の技術を守ること——梁家の覚悟だった。
今もCAMELのガラス内瓶モデルは香港製だ。「Made in Hong Kong」という刻印は、その覚悟の証でもある。
街の記憶を、ボトルに込める
香港を旅したことがある人なら、あの街の空気を覚えているはずだ。
香港式ミルクティーの濃い香り、茶餐廳の賑やかな声、路面電車が走る音、夜景に光る九龍の街並み。何かを飲みながら、誰かと話しながら、時間を過ごす。そういう豊かさがあの街にはある。
CAMELのボトルを手にするとき、そこにはその街の記憶が少し宿っている。梁家が積み上げてきた80年が、ガラスと金属の中に静かに生きている。
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